See More Jesus
🌐 Language
'Olelo Hawai'iAfaan Oromoobahasa IndonesiaBelarusianBrezhonegCebuanoChamorroChichewachiShonaChongthuCiyawoDanskDeutschEestiEnglishEspañolEsperantoeʋegbeFrançaisHausaHrvatskiIgboIlocanoItalianoKikuyuKiswahiliKiyombiKreyòl AyisyenLatinaLatviešulietuviųLingálaLugandaMagyarMahasuiMāoriNederlandsNorskPohnpeianPolskiPortuguêsQach’abelRomaniRomânăSanskritSetswanaShqipsrpski jezikSuomiSvenskaTagalogTiếng ViệtTonganTwiTürkçeUyghur tiliYorùbáÍslenskaČeštinaБългарскиРусскийУкраїнськаעבריתاردوالعربيةفارسیكوردی سۆرانیअहिराणी‎नेपालीभद्रवाही‎मराठीमानक हिन्दी‎हरियाणवी‎অসমীয়াবাংলাਪੰਜਾਬੀગુજરાતીଓଡ଼ିଆ‎தமிழ்తెలుగుಕನ್ನಡമലയാളംไทยဗမာἙλληνική中文日本語한국어+ すべての言語
SEE MORE JESUS · wanttoseemore.com

イエスとは誰か? — 第2部・ストロング番号付きKJV聖句

イエスとは誰か・パート2 — 王座の祭司、約束された種、そして父と子と聖霊
イエスとは誰か — 創世記から黙示録まで聖書を辿る旅

開会の言葉

最初の学びは一つの問いを投げかけた。その問いは、イエスとは誰か、であった。最初の学びは、その答えを求めて聖書全体を、聖書の最初の書から最後の書まで通して歩んだ。その学びは、正直な注記で終わった。その注記は、その学びが見たが歩まなかった道々を名指した。この第二の学びは、それらの道のうち三つを歩む。第一の道は、祭司でもあった一人の古の王である。第二の道は、種についての約束である。神はその約束を一つの園に植えられた。神はその約束を、一つの家族に、世代から世代へと繰り返された。神はその約束を、一人の王に誓われた。第三の道は、聖書が父、子、聖霊を並べて名指す一方で、神は一つであると繰り返し語る、そのあり方である。それぞれの道の各段階は、全文で印刷された聖書の一節に基づいている。誰かの言葉だけに基づくものは何もない。すべての節をゆっくりと読みなさい。すべての節を自分自身で吟味しなさい。

本研究が答える三つの問い:

1. メルキゼデクとは誰であったか、また聖書はなぜイエスをメルキゼデクの位に等しい、永遠の祭司と呼んでいるのか。
2. 種の約束は、エデンの園から始まり、アブラハムを経て、ダビデに至り、そして新約聖書がその種を一人の人物として名指しするまで、どのように受け継がれていくのか。
3.聖書はどこで、父、子、聖霊を共に名指しながらも、なお神は一つであると言っていますか。

すでに据えられた土台 — イエスとは誰か

基盤 → ひとりのみどりごが生まれ、ひとりの男の子が与えられる → その名は「大能の神」ととなえられる(イザヤ書9章6節)。
その基 → 彼女は自分に語られた主の名を、汝は神なりと呼べり(創世記16:13)。
基 → 言は神であった + 言は肉体となった(ヨハネ1:1、ヨハネ1:14)。
基 → 主はわが主に言われた、わたしの右に座せよ(詩篇110:1)。
その基 → なんじはとこしえにメルキゼデクの位にひとしき祭司なり(詩篇110:4)。

OPENING ANCHOR(冒頭のアンカー)

ゼカリヤ書 6:12シェア↗ 彼 に 言 いなさい、『 万軍 の 主 は、こう 仰 せられる、 見 よ、その 名 を 枝 という 人 がある。 彼 は 自分 の 場所 で 成長 して、 主 の 宮 を 建 てる。 (13) すなわち 彼 は 主 の 宮 を 建 て、 王 としての 光栄 を 帯 び、その 位 に 座 して 治 める。その 位 のかたわらに、ひとりの 祭司 がいて、このふたりの 間 に 平和 の 一致 がある』。
原語キー / Strong’s: ⚑ H6780 tsemach
見よ、その名を「枝」と呼ばれる人を → 彼はその位にあって祭司となる。
(私の個人的な思い:古代イスラエルでは、律法は王の職と祭司の職を分けていた。ゼカリヤ書6章13節は、一人の人が同時にこの両方の職に就くことを示している。この学びは、聖書全体を通してその人物をたどっていく。)

1. A. サレムの王 — 律法が与えられる前の、いと高き神の祭司

創世記 14:18シェア↗ その 時 、サレムの 王 メルキゼデクはパンとぶどう 酒 とを 持 ってきた。 彼 はいと 高 き 神 の 祭司 である。 (19) 彼 はアブラムを 祝福 して 言 った、 「 願 わくは 天地 の 主 なるいと 高 き 神 が、 アブラムを 祝福 されるように。 (20) 願 わくはあなたの 敵 をあなたの 手 に 渡 された いと 高 き 神 があがめられるように」。 アブラムは 彼 にすべての 物 の十 分 の一を 贈 った。
原語キー / Strong’s: ⚑ H4442 Malkiy-Tsedeq · ⚑ H8004 Shalem
サレムの王メルキゼデク、いと高き神の祭司 → 彼を祝福し、彼はすべての物の十分の一を彼に与えた。
(私個人の考え:メルキゼデクは創世記の中で、紹介もなく、父もなく、母もなく、家系の記録もないまま、モーセの律法が存在する以前に、王であり祭司でもある一人の人物として現れる。アブラムは神の約束を携えていたにもかかわらず、この人物から祝福を受けた。聖書においては、より偉大な者がより劣った者を祝福するのである(ヘブル人への手紙7:7)。)
詩篇 76:2シェア↗ その 幕屋 はサレムにあり、 そのすまいはシオンにある。
その 幕屋 はサレムにあり + そのすまいはシオンにある.
(私の個人的な思い:詩篇76篇2節は、サレムという名をシオン、すなわちエルサレムという名と並べている。メルキゼデクは、後にダビデが治めることになるのと同じ都の王であった。後に兵士たちは、その同じ都の城壁の外でイエスを十字架につけることになる。)
詩篇 110:4シェア↗ 主 は 誓 いを 立 てて、み 心 を 変 えられることはない、 「あなたはメルキゼデクの 位 にしたがって とこしえに 祭司 である」。
主 は 誓 いを 立 てて、み 心 を 変 えられることはない → 「あなたはメルキゼデクの 位 にしたがって とこしえに 祭司 である」.
(私個人の考え:メルキゼデクは創世記の中に一度だけ現れ、それから約千年後にダビデが、とこしえの祭司についてのこの一行を記している。「誓われた」の背後にあるヘブル語は shaba (H7650, 誓いを立てる)である。神は「悔いることはない」との言葉をもってこの誓いを立てられたので、その誓いは取り消され得ない(詩篇110篇4節)。)

2. B. ヘブル人への手紙が名を開く — 義の王、平和の王

ヘブル人への手紙 7:1シェア↗ このメルキゼデクはサレムの 王 であり、いと 高 き 神 の 祭司 であったが、 王 たちを 撃破 して 帰 るアブラハムを 迎 えて 祝福 し、 (2) それに 対 して、アブラハムは 彼 にすべての 物 の十 分 の一を 分 け 与 えたのである。その 名 の 意味 は、 第 一に 義 の 王 、 次 にまたサレムの 王 、すなわち 平和 の 王 である。
サレムの王 + 至高なる神の祭司 → 義の王 + 平和の王。
(私個人の考え:ヘブル人への手紙は読者のためにこの二つの名前を訳しています。メルキゼデクという名前は「義の王」(神との関係において正しいこと)を意味します。サレムの王という称号は「平和の王」を意味します。)
ヘブル人への手紙 7:4シェア↗ そこで、 族長 のアブラハムが 最 もよいぶんどり 品 の十 分 の一を 与 えたのだから、この 人 がどんなにすぐれた 人物 であったかが、あなたがたにわかるであろう。
この人がいかに偉大であったかを考えよ → 族長アブラハムでさえ、分捕り物の十分の一を彼に与えた。
ヘブル人への手紙 7:11シェア↗ もし 全 うされることがレビ 系 の 祭司 制 によって 可能 であったら―― 民 は 祭司 制 の 下 に 律法 を 与 えられたのであるが――なんの 必要 があって、なお、「アロンに 等 しい」と 呼 ばれない、 別 な「メルキゼデクに 等 しい」 祭司 が 立 てられるのであるか。 (12) 祭司 制 に 変更 があれば、 律法 にも 必 ず 変更 があるはずである。
メルキゼデクの位に等しき他の祭司の起こるべきこと → 祭司職の変わること + 律法にも変あるべきこと。
(私個人の思感想:アロンの祭司職はモーセの律法とともに来た。詩篇110篇4節は異なる祭司を約束していたので、ヘブル人への手紙はそこから、新しい祭司職は新しい律法をもたらすという明白な結論を導き出している。メルキゼデクの位はモーセの律法の前にも後にも存在している。)
ヘブル人への手紙 7:20シェア↗ その 上 に、このことは 誓 いをもってなされた。 人々 は、 誓 いをしないで 祭司 とされるのであるが、 (21) この 人 の 場合 は、 次 のような 誓 いをもってされたのである。すなわち、 彼 について、こう 言 われている、「 主 は 誓 われたが、 心 を 変 えることをされなかった。あなたこそは、 永遠 に 祭司 である」。 (22) このようにして、イエスは 更 にすぐれた 契約 の 保証 となられたのである。
原語キー / Strong’s: ⚑ G1450 egguos · ⚑ G1242 diatheke
かの祭司たちは誓いなくして立てられたれど、この方は誓いをもって立てられたり → イエスはさらに勝れる契約の保証となり給えり。
(私個人の考え:アロンの家系の祭司たちは、神の誓いを伴うことなく、生まれによってその職を受け継いだ。ここでヘブル人への手紙は、ついに誓いをもって立てられた唯一の祭司、イエスの名を挙げる。保証人とは、契約全体に対して自ら責任を負う者であり、それゆえイエスご自身が、この契約が確かに立つことの保証なのである。)
ヘブル人への手紙 7:26シェア↗ このように、 聖 にして、 悪 も 汚 れもなく、 罪人 とは 区別 され、かつ、もろもろの 天 よりも 高 くされている 大祭司 こそ、わたしたちにとってふさわしいかたである。 (27) 彼 は、ほかの 大祭司 のように、まず 自分 の 罪 のため、 次 に 民 の 罪 のために、 日々 、いけにえをささげる 必要 はない。なぜなら、 自分 をささげて、一 度 だけ、それをされたからである。
聖なる者+悪意なき者+汚れなき者+罪人から離された者 → 彼はご自身をただ一度献げられた。
(私の個人的な思い:イスラエルのすべての大祭司は、まず自分自身の罪のためにささげ物をささげた。この祭司には自分自身の罪がなかった。彼は自分自身をささげた、一つのささげ物、一度限り、祭司とささげ物が一人の人格において一つとなった。)

3. 異なる視点、同じ場面 — サレムでのパンとぶどう酒、そしてエルサレムでのパンと杯

創世記 14:18シェア↗ その 時 、サレムの 王 メルキゼデクはパンとぶどう 酒 とを 持 ってきた。 彼 はいと 高 き 神 の 祭司 である。
メルキゼデクはパンとぶどう酒を持って来た。彼はいと高き神の祭司であった。
マタイによる福音書 26:26シェア↗ 一同 が 食事 をしているとき、イエスはパンを 取 り、 祝福 してこれをさき、 弟子 たちに 与 えて 言 われた、「 取 って 食 べよ、これはわたしのからだである」。 (27) また 杯 を 取 り、 感謝 して 彼 らに 与 えて 言 われた、「みな、この 杯 から 飲 め。 (28) これは、 罪 のゆるしを 得 させるようにと、 多 くの 人 のために 流 すわたしの 契約 の 血 である。
イエスはパンを取られた + 杯を取られた → これはわたしの新しい契約の血である。
[諸節を組み合わせたものであり、単一の節がこれを単独で述べているわけではない]
(私の個人的な思い:サレムでの食事が主の晩餐を予表していると述べる聖句はない。だからこそ、上に注記が付けられている。読者にはこの二つの場面を並べて吟味してほしい。)

4. 女の裔 — 園に植えられた約束

創世記 3:15シェア↗ わたしは 恨 みをおく、 おまえと 女 とのあいだに、 おまえのすえと 女 のすえとの 間 に。 彼 はおまえのかしらを 砕 き、 おまえは 彼 のかかとを 砕 くであろう」。
原語キー / Strong’s: ⚑ H2233 zera
おまえの種と女の種との間に → それは汝の頭を砕き、汝はそのかかとを砕くであろう。
(私自身の考察:ヘブライ語のゼラ(H2233、種)という言葉は、子、あるいはある人の後に続く子孫を意味します。神はこの約束を、罪がこの世に入った日、エデンの園で語られました。以下の節で、この一つの約束された種が、ある人から次の人へと移っていく様子を見てください。)
創世記 26:3シェア↗ あなたがこの 地 にとどまるなら、わたしはあなたと 共 にいて、あなたを 祝福 し、これらの 国 をことごとくあなたと、あなたの 子孫 とに 与 え、わたしがあなたの 父 アブラハムに 誓 った 誓 いを 果 そう。 (4) またわたしはあなたの 子孫 を 増 して 天 の 星 のようにし、あなたの 子孫 にこれらの 地 をみな 与 えよう。そして 地 のすべての 国民 はあなたの 子孫 によって 祝福 をえるであろう。
私はあなたの父アブラハムに誓った誓いを果たそう。→ あなたの子孫によって地のすべての国民は祝福を得るであろう。
(私個人の思い:ここで神は、山でアブラハムに誓われたのと同じ誓いをイサクに繰り返されます。約束はアブラハムと共に消えませんでした。それは一世代下へと受け継がれていきました。)
創世記 28:13シェア↗ そして 主 は 彼 のそばに 立 って 言 われた、「わたしはあなたの 父 アブラハムの 神 、イサクの 神 、 主 である。あなたが 伏 している 地 を、あなたと 子孫 とに 与 えよう。 (14) あなたの 子孫 は 地 のちりのように 多 くなって、 西 、 東 、 北 、 南 にひろがり、 地 の 諸 族 はあなたと 子孫 とによって 祝福 をうけるであろう。
我は汝の父アブラハムの神、またイサクの神ヱホバなり → 汝の裔によりて地の諸族はみな福を得べし。
(私自身の考察:さて、約束は再びヤコブへと下っていく。神はこれで、一つの家系において三人の人物に、三世代にわたって一つの約束を語られたことになる。約束はその一つの系統にとどまり続ける。)
創世記 49:10シェア↗ つえはユダを 離 れず、 立法 者 のつえはその 足 の 間 を 離 れることなく、 シロの 来 る 時 までに 及 ぶであろう。 もろもろの 民 は 彼 に 従 う。
杖はユダを離れることはない → 民の従うところは彼にある。
私の個人的な考え:笏とは、王が統治する権利のしるしとして手にする杖である。この約束は今、ヤコブの家族全体からユダ族という一つの部族へと絞られていく。この部族を覚えておいてほしい。ユダという名は、この学びの終わり近くに再び登場するからである。

5. ダビデに約束された裔 — とこしえの王座、誓いをもって誓われた

サムエル記下 7:12シェア↗ あなたが 日 が 満 ちて、 先祖 たちと 共 に 眠 る 時 、わたしはあなたの 身 から 出 る 子 を、あなたのあとに 立 てて、その 王国 を 堅 くするであろう。 (13) 彼 はわたしの 名 のために 家 を 建 てる。わたしは 長 くその 国 の 位 を 堅 くしよう。
わたしはあなたの 身 から 出 る 子 を → わたしは 長 くその 国 の 位 を 堅 くしよう.
(私自身の考察:ダビデの子ソロモンは神殿を建てました。しかし、ソロモンの王座は永遠には続きませんでした。彼の死後、王国は二つに分裂したからです。それゆえ、永遠に続く王座の約束は、ソロモンを超えて、ダビデのより偉大な子孫に及びます。)
詩篇 132:11シェア↗ 主 はまことをもってダビデに 誓 われたので、 それにそむくことはない。すなわち 言 われた、 「わたしはあなたの 身 から 出 た 子 のひとりを、 あなたの 位 につかせる。
主 はまことをもってダビデに 誓 われたので → 「わたしはあなたの 身 から 出 た 子 のひとりを、 あなたの 位 につかせる.
(私自身の考え:ダビデへの約束は今や誓いとなった。アブラハムへの約束が誓いとなったのと同じように。神は「彼はそれから離れることはない」(詩篇132篇11節)という言葉で、ご自身を縛られた。来たるべき王は、ダビデの体から出る者であり、他のいかなる民族から出る者でもなかった。)

6. 異なる視点、同じ場面 — 詩篇の中の二つの誓いと、一人の人

詩篇 132:11シェア↗ 主 はまことをもってダビデに 誓 われたので、 それにそむくことはない。すなわち 言 われた、 「わたしはあなたの 身 から 出 た 子 のひとりを、 あなたの 位 につかせる。
主 はまことをもってダビデに 誓 われたので → 「わたしはあなたの 身 から 出 た 子 のひとりを、 あなたの 位 につかせる.
詩篇 110:4シェア↗ 主 は 誓 いを 立 てて、み 心 を 変 えられることはない、 「あなたはメルキゼデクの 位 にしたがって とこしえに 祭司 である」。
主は誓いて悔いたまわず → なんじはとこしえの祭司なり。
[諸節を組み合わせたものであり、単一の節がこれを単独で述べているわけではない]
(私の個人的な考察:二つの詩篇には、神の二つの誓いが記されている。一つはダビデの身より出る王への誓い、もう一つは永遠の祭司への誓いである。詩篇の中には、この二つの誓いが一人の人物に帰着すると明言する節はないため、この印は上に置かれたままとなる。新約聖書は、イエスを誓われた祭司として、またダビデの子孫から出る約束の王として名指ししている(ヘブル人への手紙7:21-22、使徒行伝13:23)。)
エレミヤ書 23:5シェア↗ 主 は 仰 せられる、 見 よ、わたしがダビデのために一つの 正 しい 枝 を 起 す 日 がくる。 彼 は 王 となって 世 を 治 め、 栄 えて、 公平 と 正義 を 世 に 行 う。 (6) その 日 ユダは 救 を 得 、イスラエルは 安 らかにおる。その 名 は『 主 はわれわれの 正義 』ととなえられる。
原語キー / Strong’s: ⚑ H6780 tsemach
私はダビデのために一つの正しい枝を起こす → これぞ彼の呼ばるべき名、主われらの義。
(私の個人的な考え:「芽」ということばに当たるヘブライ語はツェマハ(H6780、芽、若枝)であり、ゼカリヤが、自らの座に就く祭司である人物について用いたのと同じ語である。大文字で印刷された「主」という語は、神の契約の御名である。したがって、ダビデの血筋に生まれた一人の人が、神ご自身の御名を負っている。)

7. E. 新約聖書は種を名付ける — そして種はキリストである

マタイによる福音書 1:1シェア↗ アブラハムの 子 であるダビデの 子 、イエス・キリストの 系図 。
イエス・キリスト + ダビデの子 + アブラハムの子。
(私自身の考察:新約聖書は誕生の記録から始まります。その最初の一節は、イエスをダビデの子、またアブラハムの子として名付けており、二つの約束の系統を同時に示しています。新約聖書の最初の一文は、旧約聖書の最も古い希望に答えているのです。)
ガラテヤ人への手紙 3:16シェア↗ さて、 約束 は、アブラハムと 彼 の 子孫 とに 対 してなされたのである。それは、 多数 をさして「 子孫 たちとに」と 言 わずに、ひとりをさして「あなたの 子孫 とに」と 言 っている。これは、キリストのことである。
原語キー / Strong’s: ⚑ G4690 sperma
さて、約束はアブラハムとその子孫とに与えられたのである。→ そして、あなたの子孫とは、キリストのことである。
(私自身の考察:パウロは創世記を非常に注意深く読んでいる。彼は、一つの語が単数形であること、すなわち「種」であって「種々」ではないことに、論点全体を組み立てている。そして彼はその人物の名を挙げる、キリストである。)
使徒行伝 13:22シェア↗ それから 神 はサウロを 退 け、ダビデを 立 てて 王 とされたが、 彼 についてあかしをして、『わたしはエッサイの 子 ダビデを 見 つけた。 彼 はわたしの 心 にかなった 人 で、わたしの 思 うところを、ことごとく 実行 してくれるであろう』と 言 われた。 (23) 神 は 約束 にしたがって、このダビデの 子孫 の 中 から 救主 イエスをイスラエルに 送 られたが、
神 は 約束 にしたがって、このダビデの 子孫 の 中 から 救主 イエスをイスラエルに 送 られたが.
(私自身の考え:パウロはこれを、ユダヤ人が聖書を聞くために集まる場所である会堂で語った。一つの文の中に、この研究全体の筋道を述べている。神はダビデの子孫から、約束された救い主を起こされたからである。そしてパウロは、その救い主の名を告げる。イエスである。)
テモテへの第二の手紙 2:8シェア↗ ダビデの 子孫 として 生 れ、 死人 のうちからよみがえったイエス・キリストを、いつも 思 っていなさい。これがわたしの 福音 である。
ダビデの子孫によるイエス・キリスト + 死人の中よりよみがえられた。
(私自身の考え:パウロは福音(良い知らせ)全体を、テモテへの一行に凝縮している。パウロはただ二つの事実だけを選んだ。イエス・キリストがダビデの子孫であること、そして神がイエス・キリストを死者の中からよみがえらせたことである。約束の系図と空の墓が、一つの文の中に共に立っている。)
ヨハネの黙示録 22:16シェア↗ わたしイエスは、 使 をつかわして、 諸 教会 のために、これらのことをあなたがたにあかしした。わたしは、ダビデの 若 枝 また 子孫 であり、 輝 く 明 けの 明星 である」。
わたしはダビデの根また子孫であり、輝く明けの明星である。
(私自身の考察:イエスはこの言葉を自分自身について語っておられ、聖書全体の中でほとんど最後の言葉です。ダビデの末裔とは、ダビデの血筋に生まれた子であり、ダビデの根とは、その血筋自体が生まれ出た源です。イエスは末裔であり、また根でもあります。)

8. F. 父、子、聖霊 — 並べて名指されながら、なお一なる主

申命記 6:4シェア↗ イスラエルよ 聞 け。われわれの 神 、 主 は 唯一 の 主 である。
原語キー / Strong’s: ⚑ H259 echad
イスラエルよ 聞 け。われわれの 神 、 主 は 唯一 の 主 である.
(私自身の考察:この節は以下のすべてを依然として支配している。このページの下にあるものは何も、第二の神や第三の神を付け加えることはない。以下のすべての節を申命記6章4節と並べて保持しなさい。)
マタイによる福音書 3:16シェア↗ イエスはバプテスマを 受 けるとすぐ、 水 から 上 がられた。すると、 見 よ、 天 が 開 け、 神 の 御霊 がはとのように 自分 の 上 に 下 ってくるのを、ごらんになった。 (17) また 天 から 声 があって 言 った、「これはわたしの 愛 する 子 、わたしの 心 にかなう 者 である」。
原語キー / Strong’s: ⚑ G4151 pneuma
神の御霊が鳩のように下り + 天から声があった → これはわたしの愛する子である。
(私個人の思い:この場面で起こっていることを数えてみてください。子は川に立ち、神の御霊が鳩のように降り、天から父の声が語ります。父がその子について語るのであって、子が自分自身について語るのではありません。)

9. 違う視点、同じ場面 — 同じ川で、そこに立っていた人が語る

ヨハネによる福音書 1:32シェア↗ ヨハネはまたあかしをして 言 った、「わたしは、 御霊 がはとのように 天 から 下 って、 彼 の 上 にとどまるのを 見 た。 (33) わたしはこの 人 を 知 らなかった。しかし、 水 でバプテスマを 授 けるようにと、わたしをおつかわしになったそのかたが、わたしに 言 われた、『ある 人 の 上 に、 御霊 が 下 ってとどまるのを 見 たら、その 人 こそは、 御霊 によってバプテスマを 授 けるかたである』。 (34) わたしはそれを 見 たので、このかたこそ 神 の 子 であると、あかしをしたのである」。
私は御霊が鳩のように天から降って来るのを見た。──この者は神の子である。
(私自身の考え:バプテスマのヨハネは、その場に立っていた証人として、同じ川辺の場面を語っている。神はあらかじめバプテスマのヨハネに、御霊が降りてとどまることが定められたしるしであると告げておられた。こうして父はしるしを与え、御霊がそのしるしであり、御子はそのしるしを受けられた。)
マタイによる福音書 28:18シェア↗ イエスは 彼 らに 近 づいてきて 言 われた、「わたしは、 天 においても 地 においても、いっさいの 権威 を 授 けられた。 (19) それゆえに、あなたがたは 行 って、すべての 国民 を 弟子 として、 父 と 子 と 聖霊 との 名 によって、 彼 らにバプテスマを 施 し、
すべての力はわたしに与えられた →父と子と聖霊との名によりてバプテスマを施し
(私個人の考え:イエスは一つの命令の中で、三者を並べて名指ししておられる。御父、御子、聖霊を名指ししておられる。この study は、その節が述べていることだけを述べる。)
ヨハネによる福音書 14:16シェア↗ わたしは 父 にお 願 いしよう。そうすれば、 父 は 別 に 助 け 主 を 送 って、いつまでもあなたがたと 共 におらせて 下 さるであろう。 (17) それは 真理 の 御霊 である。この 世 はそれを 見 ようともせず、 知 ろうともしないので、それを 受 けることができない。あなたがたはそれを 知 っている。なぜなら、それはあなたがたと 共 におり、またあなたがたのうちにいるからである。
原語キー / Strong’s: ⚑ G3875 parakletos
わたしは父に願う、そうすれば父はもう一人の慰め主を与えてくださる → それは真理の御霊である。
私の個人的な考え:再びひとつの文の中に三者が現れる。イエスが祈り、父が与え、慰め主が来られる。「もうひとりの」という言葉に注目してほしい。イエスはこれまで弟子たちのそばに立つ助け主であった。だから「もうひとりの慰め主」とは、イエスのような、もうひとりの助け主を意味する。
ヨハネによる福音書 14:26シェア↗ しかし、 助 け 主 、すなわち、 父 がわたしの 名 によってつかわされる 聖霊 は、あなたがたにすべてのことを 教 え、またわたしが 話 しておいたことを、ことごとく 思 い 起 させるであろう。
助け主、すなわち聖霊 -- 父がわたしの名によってお遣わしになる方。
(私個人の思感想:この節は、慰め主が誰であるかについて推測の余地を残していない。この節は慰め主を聖霊であると明確に呼んでいる。父はイエスの名によって聖霊を遣わされる。ここでも一つの節の中に三つの名前がある。)
コリント人への第二の手紙 13:13 (KJV 13:14)シェア↗ 主 イエス・キリストの 恵 みと、 神 の 愛 と、 聖霊 の 交 わりとが、あなたがた 一同 と 共 にあるように。
主イエス・キリストの恵み + 神の愛 + 聖霊の交わり。
(私個人の思感想:パウロは手紙全体を、三つの名前を含む一つの祝福の言葉で締めくくっている。恵みとは、どんな人にも受ける資格のない神の好意を意味し、交わりとは共に分かち合うことを意味する。生涯にわたって唯一の神を告白してきた厳格なユダヤ人であったパウロが、それでもなお主イエス・キリスト、神、そして聖霊を一つの別れの言葉の中に並べて置いたのである。)
ペテロの第一の手紙 1:1シェア↗ イエス・キリストの 使徒 ペテロから、ポント、ガラテヤ、カパドキヤ、アジヤおよびビテニヤに 離散 し 寄留 している 人 たち、 (2) すなわち、イエス・キリストに 従 い、かつ、その 血 のそそぎを 受 けるために、 父 なる 神 の 予知 されたところによって 選 ばれ、 御霊 のきよめにあずかっている 人 たちへ。 恵 みと 平安 とが、あなたがたに 豊 かに 加 わるように。
父なる神の予知+御霊による聖別+イエス・キリストの血。
私の個人的な考え:ペテロは、パウロが手紙を締めくくったのと同じ仕方で自分の手紙を始めている。予知とは、ある事が起こる前にそれを知っていることを意味し、聖別とは神のために取り分けられることを意味する。二人の異なる使徒が、同じ三つの名の型を書き記している。
エペソ人への手紙 4:4シェア↗ からだは一つ、 御霊 も一つである。あなたがたが 召 されたのは、一つの 望 みを 目 ざして 召 されたのと 同様 である。 (5) 主 は一つ、 信仰 は一つ、バプテスマは一つ。 (6) すべてのものの 上 にあり、すべてのものを 貫 き、すべてのものの 内 にいます、すべてのものの 父 なる 神 は一つである。
一つの霊+一つの主+すべての者の一つの神なる父。
さて、これらの証言を並べてみよう。マタイの福音書は、川の中にいる御子、下って来られる御霊、そして父の御声を示している。イエスは、父と子と聖霊の名によってバプテスマを施すよう命じられる。イエスは、父が遣わされる慰め主、すなわち聖霊を約束される。パウロは、主イエス・キリストと、神と、聖霊とを一つの祝福のうちに置いて手紙を結ぶ。ペテロは、父と、御霊と、イエス・キリストとを一つの文の中に置いて手紙を書き始める。これらすべての聖句の上には、一つの命令が立っている。「聞け、イスラエルよ。主はわれらの神、主は唯一なり」(申命記6:4)。聖書は、これを矛盾とは決して呼ばない。これらすべての聖句を、同じ一つの書の中に記しているのである。
[諸節を組み合わせたものであり、単一の節がこれを単独で述べているわけではない]
(私個人の考え:これらの節は、御父、御子、聖霊が、マタイによって、ヨハネによって、パウロによって、そしてペテロによって並べて名指しされていることを直接述べている。三つの名と申命記6章4節の唯一の主とがどのように結びつくのかを、一つの文で述べている節は一つもない。聖書が説明を止めるところで、この study も説明を止める。)

二人の口

ゼカリヤ書 6:13シェア↗ すなわち 彼 は 主 の 宮 を 建 て、 王 としての 光栄 を 帯 び、その 位 に 座 して 治 める。その 位 のかたわらに、ひとりの 祭司 がいて、このふたりの 間 に 平和 の 一致 がある』。
彼はその位について祭司となる。
ヘブル人への手紙 8:1シェア↗ 以上 述 べたことの 要点 は、このような 大祭司 がわたしたちのためにおられ、 天 にあって 大能者 の 御座 の 右 に 座 し、
われらにはかかる大祭司あり → 天において大能者の位の右に坐し給えり。
ヨハネの黙示録 3:21シェア↗ 勝利 を 得 る 者 には、わたしと 共 にわたしの 座 につかせよう。それはちょうど、わたしが 勝利 を 得 てわたしの 父 と 共 にその 御座 についたのと 同様 である。
私もまた勝利を得た + 父と共にその御座に座している。
コリント人への第二の手紙 13:1シェア↗ わたしは 今 、三 度目 にあなたがたの 所 に 行 こうとしている。すべての 事 がらは、ふたりか三 人 の 証人 の 証言 によって 確定 する。
すべての 事 がらは、ふたりか三 人 の 証人 の 証言 によって 確定 する.
(私自身の考察:三人の証人が、祭司が王座に座っていると告げている。ある預言者が語り、ヘブル人への手紙の著者が語り、そして復活された主ご自身が語られる。その言葉は確立されている。)

影と実現

地面に落ちる影を思い浮かべてください。その影の形は見えます。しかし形だけでは、何がその影を落としているのかは分かりません。ほぼ同じ大きさの二つの異なるものが、ほとんど同じ形の影を落とすこともあります。真の光が実物そのものを示してくれるまで、影は謎のままです。そのとき初めて、あなたは影を振り返って見るのです。そしてその影が、その実物の形をずっと帯びていたことに気づくのです。旧約聖書に描かれる型とはそういうものです。旧約聖書の型は、まことの実体によって形作られた、真実の影なのです。聖書はこれらのことを「これらは、後に来るべきものの影であって、本体はキリストにある」(コロサイ人への手紙2:17)と呼んでいます。また、影は「そのものの真の形ではない」(ヘブル人への手紙10:1)とも述べています。誰も、影だけからその全き真理を読み取ることはできませんでした。キリストが来られたとき、光がその実体を示しました。だからこそ私たちは、影だけに基づいて教えを組み立てることは決してしません。私たちは、新約聖書の光がその影の属する実体を示してくれたときにのみ、それを影と呼ぶのです。
コロサイ人への手紙 2:16シェア↗ だから、あなたがたは、 食物 と 飲 み 物 とにつき、あるいは 祭 や 新月 や 安息日 などについて、だれにも 批評 されてはならない。 (17) これらは、きたるべきものの 影 であって、その 本体 はキリストにある。
来るべき事柄の影 → 体はキリストのものである。
ヘブル人への手紙 10:1シェア↗ いったい、 律法 はきたるべき 良 いことの 影 をやどすにすぎず、そのものの 真 のかたちをそなえているものではないから、 年 ごとに 引 きつづきささげられる 同 じようないけにえによっても、みまえに 近 づいて 来 る 者 たちを、 全 うすることはできないのである。
THE LAW HAVING A SHADOW OF GOOD THINGS TO COME + NOT THE VERY IMAGE OF THE THINGS.
1. 創世記 14:18シェア↗ その 時 、サレムの 王 メルキゼデクはパンとぶどう 酒 とを 持 ってきた。 彼 はいと 高 き 神 の 祭司 である。
サレムの王メルキゼデク + いと高き神の祭司。
2. ヘブル人への手紙 7:14シェア↗ というのは、わたしたちの 主 がユダ 族 の 中 から 出 られたことは、 明 らかであるが、モーセは、この 部族 について、 祭司 に 関 することでは、ひとことも 言 っていない。 (15) そしてこの 事 は、メルキゼデクと 同様 な、ほかの 祭司 が 立 てられたことによって、ますます 明白 になる。 (16) 彼 は、 肉 につける 戒 めの 律法 によらないで、 朽 ちることのないいのちの 力 によって 立 てられたのである。 (17) それについては、 聖書 に「あなたこそは、 永遠 に、メルキゼデクに 等 しい 祭司 である」とあかしされている。
私たちの主はユダから出られた → メルキゼデクに似た、ほかの祭司が起こる + 尽きることのない命の力によって
(私個人の考え:新約聖書の光そのものがこのつながりを明らかにしている。ヘブル人への手紙が詩篇110篇4節をイエスに当てはめているからである。ヘブル人への手紙7章14節はまた、創世記49章10節において笏を持つのと同じユダの部族の名を挙げている。サレムにおける影は、一人の人における王であり祭司であった。その実体はイエスであり、王であり祭司である。)

閉会

ヘブル人への手紙 4:14シェア↗ さて、わたしたちには、もろもろの 天 をとおって 行 かれた 大祭司 なる 神 の 子 イエスがいますのであるから、わたしたちの 告白 する 信仰 をかたく 守 ろうではないか。 (15) この 大祭司 は、わたしたちの 弱 さを 思 いやることのできないようなかたではない。 罪 は 犯 されなかったが、すべてのことについて、わたしたちと 同 じように 試錬 に 会 われたのである。 (16) だから、わたしたちは、あわれみを 受 け、また、 恵 みにあずかって 時機 を 得 た 助 けを 受 けるために、はばかることなく 恵 みの 御座 に 近 づこうではないか。
われらには大いなる大祭司あり、すなわち神の子イエスなり → はばからずして恵みの座に来たれ。
ガラテヤ人への手紙 3:28シェア↗ もはや、ユダヤ 人 もギリシヤ 人 もなく、 奴隷 も 自由人 もなく、 男 も 女 もない。あなたがたは 皆 、キリスト・イエスにあって一つだからである。 (29) もしキリストのものであるなら、あなたがたはアブラハムの 子孫 であり、 約束 による 相続人 なのである。
あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって一つである → もしあなたがたがキリストのものであるなら、アブラハムの子孫であり、約束による相続人なのである。
(私個人の思感想:祭司の糸は恵みの座で終わり、そこで聖書はあなたに大胆に来るようにと告げている。種の糸はあなた自身の戸口で終わる。なぜなら、もしあなたがキリストのものであるなら、神はあなたをアブラハムの種、同じ約束の相続人と数えてくださるからである(ガラテヤ人への手紙3章29節)。王であり祭司であるイエスは、今もなお呼びかけておられる。)

練習クイズ

1. 創世記14:18 — サレムの王メルキゼデクはパンとぶどう酒とを持ち出せり。彼は:
a) 天と地の所有者
b) いと高き神の祭司
c) 義の王
2. マタイ3:17 — 見よ、天より声ありて言う、
a) これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者である
b) あなたは永遠に祭司である
c) あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者である
3. 詩篇132:11 — 主はまことをもってダビデに誓われた、それを変えることはない。
a) 私は彼の王国の位を永遠に堅く立てる
b) なんじは永遠にメルキゼデクの位に等しき祭司なり
c) なんじの身より出づる者を、なんじの位に座らしめん
4. ガラテヤ3:16 — 多くの人をさすごとく「もろもろの種に」とは言わず、ただ一人をさして「なんじの種に」と言えり:
a) イサクにおいてあなたの子孫は呼ばれる
b) すなわちキリスト
c) なんじの種によりて地のすべての国民は祝福を得ん
5. ゼカリヤ書6:13 — 彼はその位に座して統べ治め、そして彼は:
a) 王座の上に座る祭司
b) 彼は栄光を帯びるであろう
c) もろもろの天よりも高い者
6. ヘブル人への手紙7:22 — イエスはそれだけ立てられた:
a) 永遠の大祭司
b) 聖所の奉仕者
c) より良き契約の保証人
7. ヨハネの黙示録22章16節 ― わたしはダビデの根また子孫であり:
a) 初めであり終わりである者
b) また輝く明けの星
c) 神の創造の初め
解答:1-b, 2-a, 3-c, 4-b, 5-a, 6-c, 7-b

このスタディの分岐

→影がどのように光をもたらすか:メルキゼデクはパンとぶどう酒を持ってアブラムを迎えました(創世記14:18)。イエスは食卓でパンと杯を取られました(マタイ26:26-28)。この二つの食事を結びつける聖句はありません。この二つの場面は、読者が思い巡らすために並んで置かれています。
新しい契約がそれを解き明かす通り、「祭司の職が変われば、律法もまた必ず変らなければならない」(ヘブル七章十二節)。祭司は変わった。祭司とともに契約も変わり、イエスはより優れた契約の保証となられた(ヘブル七章二十二節)。
→言葉がどのように重要か:エレミヤ書23:5の「正しい枝」とゼカリヤ書6:12の「その枝」は、同じヘブライ語の一語、ツェマフ(H6780)です。ある預言者はその枝にダビデの王座を与えます。もう一人の預言者はその枝をその王座の上に立つ祭司とします。
→ これがあなたにどう適用されるか:種の約束は過去に閉じ込められたものではない。もしあなたがキリストのものであるなら、あなたはアブラハムの種であり、約束による相続人である(ガラテヤ人への手紙3章29節)。
→ これが永遠にとって意味すること:神の誓いには終わりがない。とこしえの祭司(詩篇110篇4節)。とこしえの位(サムエル記下7章13節)。祭司職は尽きることのないいのちの力によって立つ(ヘブル人への手紙7章16節)。
→ 脇道の考察:ヨハネによる福音書14章16-17節と14章26節は、慰め主、すなわち聖霊についての教理全体へと開かれている。慰め主が信者の内側で何を行うかは、それ自体で一つの完全な研究に値する。
→脇道:創世記49:10は、ユダ族全体の糸口を開きます。その糸はユダから離れない笏から、天の御座の間へと続き、そこで黙示録5:5はイエスをユダ族の獅子、ダビデの根と呼んでいます。
→ 考えられる啓示:エレミヤ書23章6節は、ダビデの家系から出る王に「主は我らの義」という名を与えている。最初の研究では、ヤコブには隠され、マノアにも隠された名を追った。ここでは、ダビデの血筋に生まれた一人の人物が、神の契約の名を公然と身に帯びている。これらの場面を結びつける一つの聖句は存在しない。これらの場面を並べて、じっくりと考えてみよ。
救われるためには何をしなければならないか
「救われるためには何をすべきか」という私たちの聖書研究をご覧ください

よくできました — 続けましょう。

このスタディの採点付き聖書クイズを受ける →イエスとは誰か? — リビング・イット・アウト · ストロング番号付きKJV聖句 →
前のテーマ← われ救われんためには何を為すべきか? — 第2部 · ストロング番号付きKJV聖句
↓ このスタディをダウンロード(PDF)

何よりも先に、一つの問いが最も大切です。「イエスとは誰なのか?」

スタディを読む →

SOURCES & CREDITS

Scripture: Kougo (Colloquial) (Public Domain (1955 口語訳聖書 — Japan Bible Society's own copyright page confirms the copyright protection period has ended; see registry/JAPANESE_LEGAL_PATH.md. Moral/integrity rights are preserved under Japanese law, so the text is rendered verbatim only, never altered -- pipeline.VERBATIM_LANGS.)) — a redistributable edition, looked up exactly and never machine-translated.
Alternate chapter/verse numbering reconciled with STEPBible TVTMS (CC BY 4.0).
Strong's numbering & original-language data: OpenScriptures Hebrew Bible (CC BY 4.0); STEPBible.org — TAHOT/TAGNT/TBESH/TBESG (CC BY 4.0); Robinson-Pierpont Byzantine Majority Text (Public Domain); Strong's dictionary, 1890 (Public Domain).
Typography: Google Noto fonts (SIL Open Font License 1.1).
© SEE MORE JESUS · wanttoseemore.com — shared under Creative Commons Attribution 4.0 (CC BY 4.0).
Notice something wrong with this translation? Let us know